Dragon's Dance
written by 神代 祐介 
 露に濡れた、草のにおいがする。
 髪が根元からすくい上げられて、地肌を冷たい空気が撫でていく。
 海のかなた、太陽が白く燃えあがる顔を出す。深い藍色をした空がゆっくりと紫に染まり、雲が輝くように燃え始める。
 日の出は、雲の衣をまとっていた。雲の丘はシュークリームのように豊かにふくらみ、透き通るような黄色や、微かな緑色に染まっていた。
 エアは唾を飲みこんだ。少女の細い腹がわずかに鳴った。
 気を取り直して顔を上げると、風が翔けあがってきた。丘の斜面の草が、一斉に頂上に頭を倒した。さざ波が起きる。海よりももっと軽やかな音だった。
 エアの髪が吹きあがる。エアは軽く、鼻の下をこすった。
 つま先で地面を蹴る。大きく脚を広げて一歩目を踏み出す。冷たい草が、ふくらはぎとこすれ合う。急な坂を転げ落ちていこうとする体重を、前に前に足を突きだして支える。ちぎれ飛んだ緑がエアのそばを踊る。
 エアは目を閉じた。冷たい風が身体を引き締める。大股に次の一歩を踏みだしたとき、エアは自分のからだが、青く透き通ったガラスのように軽くなるのを感じた。
 口もとが微笑む。両手を軽く胸に引きよせると、エアの背中の翼が、風の中に溶けた。
 エアのからだが前に倒れこむ。つま先が伸びて、ゆっくりと地面をはなれる。鼻から深く息を吸いこみ、エアは目をあけた。
 もうお腹は空いていなかった。寒くもなかったし、まぶしくもなかった。
 雲がエアのとなりに浮いていた。紺色の空が、ずっと近くに見える。エアが頭を振ると、青い髪がゆると空中に舞った。冷たい風がエアの髪を洗い流し、吹き過ぎていった。
 金色の朝陽がエアを照らす。カモメが二羽、翼を緑色に輝かせながらエアの右横を漂う。
 エアはバーを胸元に引き寄せた。風がエアのグライダーの傾いた翼に吹きつけると同時に、エアの身体は宙に舞い上がった。エアの唇が、強くなった風に微かにゆがんだ。
 銀色のカモメの背が見える。濃く照りはえる草原の緑と、踊る波頭の金色の輝きが果てしなく広がる。海面に二本のなめらかな線を残して、点のような帆船が進む。
 人の住む石灰質の白と褐色を帯びた赤色は、草原の端に、金色の海の中にこぼれ落ちそうな様子で、そこにしがみついていた。
「……」
 エアは身体を横に倒した。グライダーの右翼が沈み、機首が旋回をはじめた。カモメが振り向きざまに一声鳴いて、離れていった。
 草原の向こうのウルク山は今日も雪を頭上にかぶり、霧と雲の衣をまとっていた。
 エアがウルク山を睨みつけても、山はその場でどっしりと胸を張ったままだった。
 エアは唇をすぼめた。朝の大気を細めた唇から啜るように吸いこみ、肺をつめたい酸素でいっぱいに満たした。
 目をぎゅっとつむって一息に、エアは咽の奥から湧きあがってくるものを吐き出した。
「わ―――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!」

 バーを下げると、機首が風を切る音がつよくなった。エアの髪は根元から後ろに流れている。緑色の海はゆらめく草の一葉一葉に変わった。
 バーを引き機首を上げると、エアの髪はふわりと少女の頬を撫でた。脚が前に振られて宙を踊り、振り子のように戻ってきたそのつま先は、草を踏みしめて地面をつかんだ。
 エアは息を吸いこみ、唇をすぼめて細く吐き出していった。舞っていた髪が肩に落ちていくのと同時に、エアの背に広がった白い翼が、ゆっくりと地面に降ろされていった。
「もういいのかい、エア?」
 横に、青年が立っていた。振り向いたエアの目の上を髪が撫でた。
「あたしまだ、行くって決めたわけじゃない」
 青年の眉が悲しそうに下がって、微笑みをつくった。
「父さんは、もういないんだよ。兄さんと街に来るのが嫌なのかい?」
 エアの頬が、ぼうっと灯をともしたように赤くなる。
「しらない」
 エアの兄は指をのばして、風に揺れるエアの髪の流れに触れた。
「兄さんは、お前をいい学校に入れてやりたいんだ。街にくればいい服も着られるし、友達もたくさんできる。おいしいものもたくさん食べられるんだ」
 エアは急にそっぽを向くと、グライダーを背から下ろした。
 翼の間の横棒を外すと、白い羽根はたるんで草の上にだらりと垂れた。エアの小さな白い手が、骨組みをばらして小さくしていく。細い腕からエアの兄が部品を取り上げると、
グライダーはあっという間に分解されて兄の背の荷物になった。
「あたし、自分で持てるよ」
 エアが言うと、兄はエアを見下ろしてにこりと笑った。
「いいんだよ」
 エアは手をのばして、自分のグライダーを取り返そうとした。
「持てるの」
 兄はひょいと荷物を抱えなおして、エアに届かないように肩に担いだ。エアは頬を真っ赤にして兄の周りを飛び回ったが、グライダーはエアの指をかすめるだけだった。
 露に濡れた草の上で、エアの足がぴしゃりと鳴った。

 エアと兄が小屋に戻ったとき、祖父は大きなテーブルに向かっていた。その節くれだった指の間から、ロープがとぐろを巻いている。テーブルの上のカップには半分ほどお茶が残っていた。
 兄は祖父の真向かいに座り、エアは隅の方にひっこんで、椅子の上で足を抱えた。
「帰ってきましたよ、おじいちゃん」
 エアの祖父の顔は日焼けして、なめしたように硬く光っていた。額にも頬にも、深い皺が刻まれていた。その皺の間から大きな瞳が兄を見つめて、祖父はひとつだけ頷いた。
「えらく、いい暮らしをしてるようだな」
 兄が微笑んだ。
「ええ。でも街のほうじゃ、当たり前のことですよ」
 エアの目がまるくなる。祖父が頷く。
「そりゃあまあ、そうだろう」
 祖父の手がごりごりとロープを編む。
 兄が首を振りながら、テーブルに手をついた。
「おじいちゃん。まだ気は変わりませんか」
 祖父が頷く。動き続ける手の間から、するするとロープが伸びる。
「おれのことはどうでもいい。エアを街に連れていって、なんだ。どうするんだ」
「教育を受けさせますよ。しかるべき職業につくためには大学程度には進んで、数学や科学や、歴史を学ぶ必要があるんですよ」
 祖父が顔をしかめながら、また頷く。余った繊維をぐるぐると巻きこんでロープの端を
つくる。
「おれは学問がないから、むずかしいことはよくわからん。お前がそれがいいって言うんなら、そうなんだろう」
「それじゃあ、一緒に街に住んでくれるんですね?」
「そんなことは言ってないぞ」
 兄がぽかんと口をあける。祖父はロープを巻き上げて輪を作っていった。
「おれの息子は、ウルクの山の中にいる。だからおれもここで暮らす」
 巻きあがったロープを持って、祖父が立ちあがる。エアを見つめて祖父は言った。
「エア、お前は頭がいい。兄さんと街に行って、学校に行け」
 エアは唇をとがらせた。
 ロープを編む音が止まって、小屋の中はしんとしていた。
 エアは身体を縮めて、膝をぎゅっと胸に寄せた。小屋の中は静まりかえって、しばらく
誰も身動きしなかった。
 兄がごほんと咳払いをした。ゆっくりとロープの輪を肩にかかえて、祖父が小屋を出た。
「しょうがない子だな」
 兄が微笑む。
「おじいちゃんだって、エアのことを心配してるんだよ」
 エアは丸く小さくなったまま、言った。
「そんなこと、わかってるもん」

 エアのそばで、グライダーの翼がだるそうに夕陽を浴びている。
 紫に染まった草に寝そべって、エアは空を見上げていた。七色の雲が飛んでいた。
「これ、食えよ」
 差し出されたりんごを受け取ると、みしりと重い感触がした。
 隣で、少年が焼けきったストーブのような色のりんごにかじりついている。エアは起きあがって、両手で持ったりんごをみつめた。
「ありがと、シン」
「おれが港から取ってきてるって、誰にも言うなよ」
「いわないよ」
 袖で皮を磨いてから、りんごの端をちょっとかじる。甘い果汁があふれ出てきた。頬が酸っぱいような痛いような感じがして、エアはきゅっと目を閉じた。
「なあ、エア」
 シンがりんごの種を吐き出す。
「これじゃ、ウルクの山頂は無理だよ」
 エアは表情を変えなかった。
「…どうしてそう思うの?」
 緋色の翼のしたで、シンが顔を上げる。
「この腕木じゃあ、翼を支えきれないよ。やっぱりとねりこ材じゃないと」
 シンと同じ向きに、エアも翼をながめる。
「お父さんは使ってたけど。…とても買えないし。これでも何とかなるよ」
「これからの季節、が吹くんだ。翼が破れなくても、きっと腕木が折れるよ」
「だけどあたし、やってみたいの」
 沈黙が下りた。
 エアは微笑みながら、視線を下ろした。シンがじっとエアを見つめていた。
 猫のようにびくりと、エアは顔をそむけた。
「…やめとけって。絶対、無理なんだから」
 りんごを持ったままの手で、エアは自分の両膝を抱きしめた。
「お父さんも、みんなにそう言われて。帰ってこなかった」
「だったら、余計だよ」
 エアが微笑む。
「きっとお父さん、あたしとおんなじ気持ちだったと思う」
 シンが見つめる。エアは見つめ返して、言った。
「どこまで飛べるか、やってみたいの。どれぐらい高く。どれぐらい遠く」
 シンがぷいと横を向いて、りんごをかじった。
「死んだって知らないからな」
「でも、やれるだけやってダメだったら、死んじゃってもしょうがないじゃない」
 エアは前につんのめった。頭の後ろがじんじんと痛んだ。
「何で叩くのぉ」
 エアの前に、シンが不自然に腕を突き出す。指の間で、こちこちと秒針が時を刻む。
「これ、やるよ」
 ローマ数字の文字盤の下で、無数の歯車がきしみあっている。エアは目を見張った。
「おれの父さんが、外国の港で買ってきてくれたんだ」
「…いいよ、そんな」
「やるって」
「いいよ」
「やるっ」
 シンが手の中に、無理矢理時計を押しこむ。エアは途方にくれたようにシンを見つめた。
 シンは立ちあがって、かじり終わったりんごを放り捨てた。
「神渡が一番強い時間、知ってるの?」
 エアは、ふるふると首を横に振った。
「午後の二時から三時。その時間までかかりそうだったら、引き返しなよ」
 シンはそう言うと、丘から駆け下りていった。
「あ、ありがとう、シン」
 エアは急いで、お礼を言った。
 空が、深い藍色に染まってきた。

  三月に神は空をわたり、ウルク山の山頂に居を構える。
  神は風を呼んで、自らが山へ昇る手助けとする。
  その三月の風は、と呼ばれる。

 エアの身体がぐらりと傾ぐ。コートを着けた腕が強張る。
 息を吸うと咽が冷たく痛み、胸の中に溜まった空気が呼吸のじゃまをする。
 襟巻きの毛に、エアの吐息が白く凍りついた。
 脇の下を氷交じりの風が吹きぬける。エアは身体を縮こまらせ、バーを引いた。風は翼の下に釣られたエアの身体を激しくなぶる。翼がパン生地のように大きくふくらみ、エア
を上へ上へと押し上げていく。骨組みが気味の悪い音をたててきしみをあげる。
 エアはひとつ、咳こんだ。紫色になった唇の前に、白い息が踊った。バーを握った拳がひっきりなしに震えていた。
 凍りついた壁が、エアを拒み続けていた。
 エアは顔をしかめ、頭上を見上げた。風がエアの髪を巻き上げる。
 乾いた何かを、叩きつけるような音がした。エアの右手からバーが逃げた。
 赤らんでいたエアの頬が青く染まり、瞳が焦点を失った。
 エアの翼が真中から折れた。翼の両端が上を向き機体がキリモミを始めた。
 翼を失ったエアは、青い空の中をどこまでも落ちていった。

 ―――
 ――――
 ―――――

 エアは震えながら目を覚ました。
 グライダーが、左右の翼を重ねた姿で横たわっている。その間を支える腕木が折れ、不ぞろいな折れ目には雪がうっすらと吹き付けられていた。
 身体を起こすと、積もっていた雪がさらりとこぼれ落ちた。エアは両手を全身に這わせ、自分の小さな身体をきょろきょろと見つめた。
 傷のないのを確かめると、エアはひとつため息をついた。
 見上げると、冷たい壁がどこまでも空に沿って続いていた。エアが翼と一緒にいるところは、棚状の張り出しの上だった。
 エアはグライダーに手をのばし、すぐに引っ込めた。翼は真っ二つに折れていて、この
場で修理できるはずもなかった。
 エアは、震えた。
 立ちあがって辺りを見回す。ウルクの岩壁はゆっくりとカーブし、棚が細い回廊になって消えていた。
 風が吹いて、エアの髪を吹き上げた。エアは両腕で身体を抱き、足の裏で岩を擦りながら歩き始めた。

 角を曲がると、靴があった。
 脚が見え、壁に寄り掛かるように座った人の姿があった。
 エアは、その場に膝をついた。
 青い唇がぱくぱくと動く。目が赤くぼうっと濡れて、頬を涙が滑り落ちた。涙のあとがそのまま凍り付いて残った。
「パ…パ」
 エアの父が、そこにいた。
 髪も、まぶたも、氷に覆われている。エアは指をのばして、父の腕に触れた。
 冷たかった。硬かった。エアは唇をゆがめて、しゃくりあげた。父の顔は微動だにせず、眠りつづけていた。
 エアは両手で、熱い涙を拭いた。何度も何度も拭いた。
 父の白い手のそばに、伏せた手帳が落ちていた。エアは鼻をすすり、真っ赤な目をして、それを拾い上げた。
 手帳は硬く、氷の塊のようになっている。開いてあったページから、エアは雪を払い落とした。震える字体で文字が綴られていた。
 
『…骨組みが無事でも、翼が破れては飛ぶことはできない。
 子供たちのことが心配だ。ナラムは頭がいいから、大学を出ていい職業につけるだろう。
あいつは母親に似て良かった。
 エアは大丈夫だろうか。泣き虫のあの子が、私なしでやっていけるだろうか。それに私は、あの子に翼を持つことを教えてしまった。
 私から翼を取ったら、何も残らない。エアには、そんな人間になってほしくないものだ。
 眠たくなってきた。
 今眠ったら、もう目が覚めないだろう。
 怖い。
 親父、すまない。
 ナラム、エア。
 父さんはいつまでも、お前達を愛して
 
 
 
 
 
 

                                       』

 ノートはそこで途切れていた。
 エアの指から手帳が落ちた。両手で顔を覆い、エアは大声を上げて泣いた。

 凍りついた手に手を重ねて、ぼんやりと空を見上げる。
 膝のうえに、父の手帳があった。
 エアは視線をおとし、びくりと顔を上げた。
 振り向くと岩壁のくぼみに、グライダーが押しこんであった。父の翼だ。
『骨組みが無事でも、翼が破れては飛ぶことはできない』
 エアは跳ね起きると、凍りついた翼に手を伸ばした。
 左右から骨組みを覗きこむ。破れた皮からつららが垂れ下がっている。ベルトに挟んであったナイフを出して、骨組みの氷を削り取っていく。
 しゃがみこみ背伸びをして削り続け数ヶ所を終えた後で、エアは手に力を込めた。グライダーから、ぱきんと音をたてて弓状の腕木が外れた。
 父の隣に座りこみ膝の上に腕木を載せると、エアは一心にナイフを使い始めた。足元にみるみるうちに削り屑が積もっていった。
 削りあがった腕木を一振りして脇に抱える。エアは小走りに、自分のグライダーのもとに戻った。父の翼からとった腕木はエアのグライダーに、がしりとはまり込んだ。
 エアは翼を背負うと、目を閉じてひとつ深呼吸した。
 手帳をふところに押しこむ。父の姿を振り返る。
 ポケットに手を入れ、鎖を探し当てる。引き出したシンの時計は、時を刻み続けている。
分針がこちりと動いて、午後二時を指した。
 エアの髪が風に暴れた。翼がいっぱいに風をはらんで、エアの踵が岩を離れた。エアはつま先でウルクの岩をつつきながら、バーを押し下げバランスを保った。
「心配いらないよ、パパ」
 エアは、父に向かって微笑んだ。
「あたし、ウルクの山を越えてくる。それが終わったら、お兄ちゃんと街に行くから」
 エクボのそばを涙が滑り落ちる。
「泣くのは、これが最後だから」
 エアは笑ったまま、泣いた。
「もう心配しないで…パパ」
 エアは真っ赤な目で、眠っている父を見つめた。
「…パパ、大好きだよ」
 風が吹き上がる。エアはバーを引いた。翼は解き放たれて、エアの身体を天空に放った。

 神渡がエアの翼を叩きつける。腕木がきしみ皮膜が張り詰める。エアは歯を食い縛った。
激しい風が吹くたびにグライダーが揺れる。目の回るような速さで山腹が下に滑っていく。
 目の前が白く染まった。冷たい霧が全身に吹きつけられてきた。エアは息を止めた。
 神渡の風が吹き抜け白を切り裂いてウルクの岩壁を見せた。エアは翼を傾け岩壁に寄せた。翼が重さを失い岩の模様が激流のように流れていった。
 エアの目を蒼い光が刺した。
 足の甲に、ねっとりした霞がまとわりついている。
 ウルクの山が、雲から突き出したひとかけらの岩塊で終わっている。
 風は穏やかになり、だがエアは楽々と滑空を続けられた。エアは身体をひとつ揺らし、黒い岩に近づいた。
 右足を伸ばし、エアは、ウルクの山頂をとんと踏み付けた。その足を蹴り出して、エアは再び宙に舞った。
 空は蒼い水晶のように澄み切り、一筋の雲もなかった。
 雲はミルクを張った水面のように、しんとしてエアの下に広がっていた。
 エアはただ黙って、黒い影を雲の上に落とし続けた。
 甲高い鳴き声が、長く尾を引いて響いた。エアの隣にひとつ、小さな影が寄り添った。
 エアは顔を傾けた。
 ハヤブサが一羽、エアのすぐ左を飛んでいる。羽毛が磨き上げた銅のように輝き、瞳はエメラルド色をしていた。
 エアが微笑むと、ハヤブサが鳴く。エアが旋回すると、ハヤブサもぴたり着いてくる。
 ほとんど羽ばたかずに、ハヤブサはゆらゆらと宙を漂っていた。
 二つの影は寄り添いながら、雲の上を滑りつづけた。

 時計台が、五時の鐘を打つ。
 エアは、束ねていた髪をほどいた。
 風が吹きあがる。エアの青い髪が幾筋にも分かれて、きらきらと輝きをまとう。
 エアは、時計台の瓦の上にいた。
 翼が朝陽を受けて、金色に輝く。エアは目を閉じ、身体を大きく伸ばした。むき出しの肩から腕が、張り出した胸から足のつま先までが、女らしい美しい曲線を描いた。エアは胸のなかいっぱいに、朝の大気を吸い込んだ。
 隣で青年が片目をつむり、親指を立てる。エアは頷き、微笑んでみせた。
「それじゃあシン、朝ゴハンの用意よろしくね」
 シンは腕組みして、首を傾げた。
「次に落ちるときは、ちゃんとうちの自転車屋を避けろよ」
「そんなこと、わかんないよ!」
 エアは笑いながら駆け出した。
 時計台の雨どいを蹴りだし、エアは、金色に輝く屋根の上に舞った。
 目を閉じ、身体中を吹きすぎていく風を感じる。
 どこかで、ハヤブサが鳴いた。
 

          Image song---  “dragons’ dance”  YKI


2002.3.15
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