18・野生の証明

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「Xbox半額か…というか、初回限定版五万台が半年経ってもまだ売っているなんて…どういうこと?」
 チラホラと買っていく人たちはいる。ちなみに特価のPS2は既に完売していた。
「どうした、倫子。迷っていないで買え!」
 両手に袋を下げた佐藤に後ろから急かされる。倫子は冷ややかな目をして返答した。
「欲しいゲームないですもん」
「何をっ! デドアラ3とか、デドアラビーチバレーとかあるではないか!」
「…同じですって」
「ていうか、せっかく秋葉に来たんだから先行発売のファミ通買わねえとな。荷物持っててくれよ」
「やですよ、そんな。あやねの絵柄のビニールバック持つなんて…」
 ちなみに隣のディスプレイでは、発売前のデドアラバレーのプロモーションビデオが流されていて男の人垣が出来ている。倫子が近付いていくと少し逃げていった。
「まあ…なんというか…凄いといえば凄いけど…」
 リアル系CGの美女がボヨンボヨンである。でもグラビアアイドルなどと同じ感覚は自分には沸かない。なんかしっくり来ないでいると、横のエスカレーターから池田が降りてきた。彼は小さいビニールバッグだけだった。
「なんだ、そんなエロゲーの前に立って」
「まだエロゲーにはなってないですよ…。いや、なんでこんなものを買うのかなあと…」
「想像力豊かなんだろ」
 あっさり返答。というか皮肉にしても女性に対して言う台詞ではないと思うのだが。倫子は池田の荷物を指差した。
「何買ったんですか?」
「ああ、こんな感じだ」
 渡してきた。見てもいいらしい。中を覗き込んだ。
「…どうぶつの森のフィギュア…」
 思わず池田の部屋に並ぶ姿を想像する。いや、池田の部屋のレイアウトが思い浮かばないが、恐らく部室の部長専用PCの当たりと同じ風景なのだろう。
「…ガンダムとかのフィギュアも置いてあるか…飾るんですか?」
「いや、部室用と、あとはさくらとまりあの分だな」
「そう言われてみれば、同じ物もありますよね…あ…」
 取り出したのは、カモメのジョニーのぬいぐるみだった。ハンドサイズの比較的小さい人形だ。思わずプルプル震えてしまう。
「欲しいのか?」
 心の中を見透かされてビクンと震える。上目遣いで見上げてしまう。やってから、池田にこのおねだり方法は通じないことに気付く。どう言おうか口篭もっていると、池田は黙ってビニールバックを取った。倫子の手元にジョニーが残る。
「あ…どうも…」
「別に高いもんじゃねえしな」
 一番最後に上岡が戻ってきて、4人で外に出る。上岡がふうと息を吐いた。
「それにしても凄い混んでますねえ〜。死ぬかと思いましたよ」
「開店セールなんてそんなものだろ」
 秋葉原。アソビットシティというオタクタワー的な建物である。地上7階建てで、その全てがゲーム・漫画・アニメ関係のグッズだけで埋められている。佐藤と同じく、上岡もあやねの袋を提げていた。
「コッコは何も買わねえのか?」
「お金は溜めておいたんであるんですけど…別段欲しい物もなかったんで」
「PSOでも買えば?」
「ファンタシースターオンラインですか…やってもいいんですけど、ゲームキューブってISDN繋がらないし…」
 ADSLにすればいい話なのだが、名義人が親だから自分だけでは注文できない。機械に疎い親に説明して理解させるのも、工事費を払うのもたるいからそのままだ。部室がADSLだから早いのはわかっているのだが、文字だけのページを見る分には我慢できないレベルではない。ダウンロードや動画なんてものは論外だが、倫子は余りそういったことはやらないし、最初から引くならADSLにするが、無理に変更するような気は起きないわけである。
「しゃあねえな。こっち来い」
 ぼうと考えていた倫子にそう言って池田は歩き出す。表通りから裏に入り、入り口に段ボールの積まれたいかにも怪しい店に入っていく。
「こ、これは…」
 棚に乱雑に並べられたPCパーツ。箱が無くてビニールパッケージに入れられているものも多い。紙切れに書き殴られた値札。
「あの、部長。ここは…」
「ジャンクショップだよ。中古のパーツを扱っている店だ」
 そう言われれば、中古ゲームショップに近い雰囲気が漂っている。池田は一直線に店の奥に向かう。
「ここが通信機器コーナーだな。ISDNルーターなんてまだ売ってるのか?」
「確かにルーター買えばISDNもLAN接続になるのでゲームキューブにも繋げられますけど、定価三万円とかするんですよ?」
「あった。これか」
 相変わらず人の話を聞いていない。池田が棚から取ったプラスチックケースを渡してくる。中にはルーターとケーブル類が押しこまれている。説明書は半分に折って入れていた。ケースの外にペラペラの紙で説明書きがある。
「ヤマハのRTA52ですか。これがまさにさっき言った奴で…って、4000円!?」
 倫子もキューブでネットワークゲームはやりたいと思っていたので少し調べたのだが、定価三万円なのであきらめていたのだ。それが中古と言えど4000円で売られている。余りの値段に絶句してしまった。
「これは…何か怪しいんですかね?」
「いや、需要が無いから値が下がってるんだろう。買うんならお買い得には違いない」
「…正直、今の今まで買う気なんてさらさらありませんでしたけれど…また秋葉まで来るのも嫌なので…買います…」
 レジでお会計。ゲームを買いに来てパソコンのパーツを買うなんて。外に出ると池田は一直線にアソビットに戻っていく。小走りで横に並ぶ。
「どうしたんですか?」
「PSO買うんだろ?」
「いや、PSOの方は買うと決めたわけでは…」
 池田は止まらない。店に入ると…何故か二つ手に取った。
「いや、もう少し考えさせてくださいよ…」
「これは俺の分と佐藤の分だ。佐藤にコッコがルーター買ったら買っといてくれと言われたからな」
「え…二人とも持ってないんですか?」
「二人じゃつまんねえなと思っていたんだが、お前が来そうだから買うわ」
 そう言ってレジに向かっていく。倫子は泣く泣くソフトを手に取った。
「うう…貯金が…」
 レジに行くとちょうど池田の後ろだった。ぼそりと池田がつぶやく。
「ブロードバンドアダプターは?」
「あ…でも、あれって確か通販だけじゃ…」
「でかい店じゃ置いているんだ。ゲームの近くに置いてあったぞ」
「…さらに5千円か」
 外に出る。気付くと池田と自分しかいない。
「あれ…そう言えば他の人たちは?」
「ああ、別の店に行ってるよ。迎えに行くか」
 そう言って少し歩く。三つ程隣のビルの前で立ち止まった。
「こ、これは…虎のビル!?」
「俺が若い頃は最上階だけ間借りしてたのになあ…」
「…今やビルごと借りてるんですね。恐るべしヲタクパワー…」
 池田はガードレールの上に腰掛けた。そして空を指差す。
「早く迎えに行って来いよ」
「はっ!? なんで私がこんな店に入らなきゃいけないんですか!?」
「それはこっちの台詞だ」
 いじめられているとしか思えない。すると池田は携帯をかける。
「おう、こっちは終わったよ…あっそ。どっかいるわ。…まだ終わんねえって言うから、休憩するぞ」
 そう言って歩き出す。ふうと一息付いて池田の後を追う。しかし、ゲーセンにでも行くのかと思っていたら、通り過ぎてどんどん先に進んでいく。やがて電気街を外れる。ビルから一軒家の木造建ての立ち並ぶ区域に景色が変わった。
「…というか、どこ行くの?…確か前に秋葉に来た時、部長と紫緒先輩が二人でこっちに行ったような…って、休憩って…ええっ!? まさか!」
 今日は神崎はいない。女は自分一人である。
「いやでもそんな、心の準備が…とかそういう問題じゃなくて、いや…」
 池田は古ぼけた木造の家の扉を開ける。倫子も心臓をバクバクさせながら後に続く。
「いらっしゃいませ…」
「これは…」
 音楽もかかっていない店内。薄暗い。老夫婦がお茶を飲んでいた。
「俺はみつ豆で…コッコは?」
「そ、そんな急に言われても…」
「こっちはクリームあんみつで」
 勝手に決められてしまった。まあ、嫌な商品では無かったので文句は言わない。というか店内が異状に静かで声を出すのが躊躇われる。倫子はメニューを手に取った。「竹むらって言うのか…。え…800円?」
 あんみつ・おしるこ、その他諸々全て千円近い値段が付いている。倫子は目が点になった。
「こ、これは…なんという値段…」
 さほどの時間はかからず、あんみつが運ばれてくる。見た目は別に変わっていない。あんを口に運ぶ。
「…濃いぃ…」
 濃厚な味わい。佐藤の甘味ではなく、小豆の甘味が口に広がる。
「やっぱ…値段分はありますね…」
「見も蓋もないコメントだな。お前はタレントにはなれんな」
 量が多いわけではないのですぐに終わる。オゴリだった。ここらへんは部長はいい。セガのゲーセンに行くと佐藤たちと合流する。少しゲーセンで遊んだ後、千葉に戻った。
 
 自宅に帰ると早速ルーターを取り出す。玄関に行って下駄箱の上に置く。今は電話機とTAが置いてある。姉とかわりばんこに使っているので、シリアルケーブルが丸まっている。母親が見た目を嫌がってタオルが上にかぶせてある。まずはTAとルーターを取り換える。電話機とケーブルで繋げる。そして付属のLANケーブルを繋げた。
「よし、これで部屋に引っ張って…って、あれ?」
 廊下で立ち止まる倫子。しばしの沈黙。
「ケ、ケーブルの長さが足りない!?」
 部屋まで5メートル以上は無いと足りない。付属のケーブルは2メートルぐらいだろうか。めちゃくちゃやられた。まだ夕方だったので、倫子はジャンパーを羽織って外に出る。
「ふう…近くのショッピングセンターにあったわ…助かった…」
 ようやく部屋まで伸ばす。そしてPCの裏を覗きこんだ。
「…あれ?」
 倫子は携帯電話を取る。しばらくして部長が出た。
「何?」
「あの、昔作ってもらったパソコンなんですけど…LAN端子はどこですか?」
「そんな高級なもの付いているわけないだろ」
「はあ!? さっきキューブのLAN端子の事は言ってくれたじゃないですか!?」
「まったく、ギャアギャアわめくな。だからお前はピヨなんて言われるんだよ」
「部長が言い始めたんでしょ!?」
「LANカードは余ってるから明日学校でやるよ。パソコンに繋げなくてもキューブには繋げられるだろ。設定は出来るはずだ」
 そう言って切られる。ケーブルを繋ぎ、プロバイダの設定書を見ながらなんとか繋げる。クレジットカードは持っていないのでwebマネーで契約を済ます。部長と連絡を取ると夜11時に集合することになった。
 人間の女剣士で待ち合わせのサーバー番号に飛ぶ。ハンドルネームは結局PIYOになってしまった。
『またお前は一目でわかる名前だな…』
 そう言ってTASHIROが現れた。UOと同じなら池田のはずだ。
『もう来ているはずだから入るぞ』
 池田のキャラがワープしてしまう。倫子がパーティの一覧を見ると、ザンスカール帝国というチームがあった。中を見ると池田たちがいる。そこに入ろうとした。
「パ、パスワード?」
 すると海のトリトンが鳴り響く。1コーラスで終わったのでメールだ。707と数字三つだけ書いてある。
「部室の部屋番号かよ…これがパスワードね」
 部屋に入ると、TASHIRO・KAGATI・FARA_GRUFAUNといつもの面々だ。
「UOの時は最初から差があったけれど、今回は同じ条件だから…って、ええっ!?」
『さて、そろそろ行くか?』
『あの…カガチ…なんでレベル10?』
『レベル上げしたからレベル10に決まってるじゃねえか』
『なんで夕方に買ったソフトのレベルが10なんですか!?』
『でもレベル1なのお前だけだしな…』
 タシロが4でファラが3。そのぐらいは許容範囲だが、それを言っても始まらないのでやめておいた。
 戦闘ステージに突入する。3人とも突撃していく。タシロは剣、カガチは銃、ファラが魔法で戦っている。自分はまだ弱い剣しか使えない。…というか、みんながバシバシ敵を倒してしまうのでちっともレベルが上がらないのだが。
『あの…私にも倒させて欲しいんですが…』
『一度でも攻撃を当てれば経験値は入る。倒さずに取り敢えず全員を一度ずつ斬れ』
 確かによく画面を見ると、敵を倒した後にEXPの数値が出ている。あれは止めを刺した人の表示ではなく、自分に入った経験値の表示らしい。しかし、取り敢えず一度斬ろうにも、剣の自分はテクテク歩いていくしかない。結果、ほとんど斬れないままに進んでいく。やがて大きな赤いワープゾーンの前まで来た。
『補給する?』
『大丈夫でしょ』
 そんな台詞を残して仲間3人がゲートに入る。倫子も続いた。なんだか大きな空間だ。
 そこで突然デモが入る。巨大なドラゴンが空から降ってきた。
「ぼぼぼぼボス!? 私まだレベル2なのに!?」
 ともかく逃げ回る。歩き回るドラゴン。さらには火炎を吐く。一撃で死にかけるがファラが回復してくれる。結構時間がかかっている。他の3人も凄いレベルが高いわけではないからか。10分ぐらいしてボスか倒れた。そしてエリア内に宝箱が散乱する。
『早い者価値だぎゃ!!』
 カガチの叫びで一斉に散る。倫子も急いで走る。
「やった、銃だ!!…って、なんかまだ装備出来ないし…」
 弱いキャラに、強い仲間が武器を渡すのを防ぐため、このゲームの武器は強さにあったものじゃないと装備できない。しかし、一番弱い銃も最初のレベルでは装備できないと言うのはなんともつらい。全ての宝箱を回収してギルドに戻る。仲間たちは戦利品を自慢していた。
『まあ、ピヨもボスの経験値入ってだいぶ上がったろ?』
 池田…ではなくてタシロの台詞。その言葉に倫子は目を点にした。
『…経験値、もらってませんけど…』
『は?』
 3人ハモった。そしてファラの台詞が続く。
『本当ね、ピヨのレベル上がってないわ』
『つうかお前、ボスに攻撃したっけ?』
 カガチの台詞に固まる倫子。わなわなと体が震え、汗が滲み出た。しかし、チャットなので気力を振り絞ってタイピングする。
『…一度も攻撃しませんでした…』

「ただいま〜。…あれ?」
 学校から帰ってきた倫子は、見慣れない機械に目を点にする。玄関の上に白くて丸い物体が置いてあった。半錘形とでも言うのか。しかしかなり潰れていて、サーカス団のテントを一瞬思い浮かべる。白といっても、半透明でつややかだ。
「ねえ、玄関の…あれ、姉さん?」
「お帰りなさい。遅かったのね」
 律子がテレビを見ている。音楽番組だ。テレビをほとんど見ない姉が、カラオケ用に唯一見る番組である。だから部屋にテレビが無いのでこうして音楽番組の時だけ居間を占領する。母は台所で洗い物をしていた。父は両親部屋で本でも読んでいるのだろう。
「何、それ?」
「PowerbookG4じゃない?」
「そんなのはわかるわよ。そんなもの出して何してるのかって事よ」
「ちょっとフリー素材を探してるのよ」
「ふぅん…って、ネット!?」
 その倫子の叫びに、律子は訝しそうな顔を見せる。
「さっきからどうしたの? 当たり前のことばかり言って…」
「ど、どうやって繋げてるのよ?」
「ワイヤレスに決まってるじゃない?」
「ワ、ワイヤレスって…どうやって!?」
「玄関にAirMac置いてあったでしょ?」
 そう言って律子は玄関の方を顎でしゃくる。倫子の頭に白い物体が思い浮かぶ。確かに林檎のマークが付いていた。
「そ、そんな事して…私のパソコンだって繋げてるのよ!?」
「そうなの。私もそう思ってずっと買ってなかったんだけど、この前部長とたまたま話していたら、AirMacってWINDOWSでも使えるそうなのよね。だから買ってもらっちゃった」
「…誰にだよ」
 それには答えずに、律子はG4に目を落とす。
「それにしても、やっぱりADSLは速いわね」
「はあ!? ADSL!? いつからうちがADSLに!?」
「今日からよ」
「きょ、今日からって…」
「月々がもうISDNと変わらないのは知ってたけれど、工事費出すのが嫌だから変更しようって言わなかったけれど、それもAirMacの時に、うちADSLじゃないしって言ったら、部長が『ヤフーBBの値引きのせいで、NTTも二ヶ月間使用料無料だから、それがちょうど工事費とほぼ一緒だからタダみたいなもんだ』って言うから、それでお父さんに言ったらいいって言うからこの前申し込んだのよ」
 山内家ではプロバイダ料はそれぞれが自分の分を払っているが、ISDN回線代は父親が電話が鳴らないと困ると言って導入したので親が払っていた。ADSLにしたいと言い出すと自分が費用を負担する羽目になりそうなので倫子は親に言い出せなかったのだが、それは姉も同じだったわけである。
 そこで倫子は重要な事に気付いた。
「わ、私のルーターは?」
「ああ、あのオンボロね。ベランダに置いておいたわ」
「ひ、人の物を買ってに粗大ゴミにしないでよ!?」
「…使うの?」
「…使わないけど…」
「じゃあ、わざわざ片付けまでしたんだからお礼を言ってもらいたいぐらいね?」
「そういう問題じゃ…」
 そうは言っても、姉の価値観にケチをつけても終わらない。倫子はがっくりと頭を垂れた。
「なけなしの4000円が…たったの一ヶ月でパアだなんて…」


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2003.10.23